(…あつい)
女としてはそこそこ飲める方だと自負していただが、何分この場合は他のメンバーが強すぎた。忍術学園の教師が並大抵のことで酔うはずなどないと頭ではわかっていても、ついうっかりと同じほどのペースで飲んでいた分のつけはしっかりと来て、頭がくらりと揺れる。
立ち上がった拍子にやはり足元がふらつき、横から出てきた手に肩を支えられた。
「あら、調子に乗って飲ませ過ぎたかしら。大丈夫?」
「ありがとうございますシナ先生…いえ大丈夫です吐きません…でもちょっと、外、出てき、ます」
いくつか火鉢を置いてあり、さらに人も多い場所だ。心なしか空気も薄い。こんなところにいては回復するものもしない…どころかひっくり返りそうだ。
「歩ける?」
「はあ、たぶん大丈夫です」
酒に酔うのは身体よりむしろ精神面である。返答こそ心許なさここに極まれりといった風ながら、気合いを入れ直して頬を叩いたの足取りは存外しっかりした。
「がんばりなさいね」
 
言われた意味がよく分からずに首を傾げたが、ふらりと縁側に出てその場の先客の姿を視認すると同時に全て合点がいって、知らずのうちに頭を抱え込みたくなった。
(シナ先生…なにもそんな、あなたまでそんな余計な気を回してくださらないでも!)
「おや。…どうしました…?」
膝を抱えたその姿に擬音をつけるとするなら「ちょん」だろう。斜堂影麿は今にも倒れそうな顔色も常のままに、真冬の屋外…それも思い切り北風の当たる場所だというのにさほど寒くもなさそうに…体育座りで蹲っていた。
「いえその、少し酔い醒ましに。と言いますか、むしろどうしましたは私の台詞のような…斜堂先生こそ、どうしてまたこんな寒いところにいらしたんですか」
「雪見です。あまり賑やかな場所は得手でないものですから…」
冬の乾いた空気は好きなんです、とそれこそ雪にでも話すように目線をさ迷わせて、ぼそぼそと斜堂は続ける。
 
「よろしければ、座りませんか」
そんなふうに。
いかにも覇気のない暗い声音で誘われてすらどうにも嬉しくてたまらないのだから、いよいよもって否定のしようもなくなってくる。冷やかされるのも道理というものだ。まったく、こんな有様でどの口がしらを切れるというのか。
苦笑して、促されるまま歩み寄る。
「…お邪魔します」
 
しかし何もこんなところで雪見もないのではないか。少なくとも自分ならば寒気に耐えかねて逃げ出しかねないだろうけれど。そう思いながら細身の影の横に腰をかけた途端、
風景そのものが一変したように感じた。
 
半分ほど開けられた引き戸から漏れた中の光が、風に煽られ忙しなく飛び去っていく雪の結晶を照らし上げる。幾片の氷のかけらが煌びやかな銀色に光り、風音と相俟ってもの柔らかな寂寥感を作り出す。飽きずに騒ぐ生徒や一部の部外者達の声は程良いボリュームに落とされて耳を楽しませる。
どれが欠けてもこうはなるまい。この時間、この角度、この日にこそ意味を持つ場所があるということを、は知った。
「なるほど、いいですね。綺麗で、程好く静かで」
「…いい場所でしょう…もともと私は人の声が嫌いなわけではないのです。ただ…、少々」
「ああ…」
神経質というか過敏というか。
(斜堂先生が現代に生きてたら、花粉症かダストアレルギーくらいは持ってそうね。いや、チョークの粉も駄目だからむしろ粉全般かな)
想像してくつくつ笑った。
「なんですか」
「…いいえ?」
思い出し笑いなどしていると根暗のレッテルを張られますよ。言いながら、斜堂自身も飄々と喉の奥で笑う。
「根暗、ですか…ふふ。斜堂先生にそう言われてしまうとは思いませんでした。
 (まあ最初はちょっとアレだったけど、今年は本当いいクリスマスに…)ん?」
「どうかしましたか、さん」
「………いえ、あの…後ろ…」
 
「どう考えても誤魔化しきれてないでしょう、もう止したらどうですか学園長」
「うむ、だがどうにも心配でのう…」
なら大丈夫でしょう。あれで結構逞しいですから、万一振られたとしても」
「いんや。ワシが心配しとるのは影麿じゃ。あ奴のことじゃから、ここまでべた惚れされてるのを逃したらこの先嫁の来手がなかろうよ」
「…ああ」
「うーん…」
「なるほど…」
「それでも覗き見はやめた方が…気の毒ですよいくらなんでも」
「なんじゃ半助、甘いことを言うのう」
「甘いとかそういう問題ですか…」
「だいたい寒いなら寒いで肩の一つも抱けばよかろうに、何やっとるんじゃあの根性なしは。ワシの若いころなんぞ引く手あまたでじゃなあ!」
「ああはいはい。…二人とも気の毒に…風邪を引かなけりゃいいんですけど」
「あれは多分引くだろうな、もうまで顔が真っ青だ」
 
 
 
「(…いつまで戸口に張りついてる気なんでしょうかね、先生方…)」
「(困りました…もうそろそろ屋内に入りたいんですが…)」
声を潜めてそんな会話を交わしながら。
なんでまた覗かれている側の自分たちがこうも気を遣わなくてはならないのか、二人はしばらく納得がいかなかったという。
 
 
 
 
 
 
 
 

「少しは夢小説らしいオチを」をコンセプトに。なのにそう甘くはならないのがうちのクオリティ